ねり☆エコインタビュー ねりまのエコ語り

村上四郎さん

ねり☆エコ自体を知ってもらうことが
地球温暖化対策の普及につながる

代表取締役を務める日東通信機工業株式会社の紹介をお願いします。

 1959年、先代が坂本電気製作所として創業し、1963年に現社名に変更しました。板金、プレスなど、金属加工が主な事業でした。水道に手をかざすと水が流れたり止まったりするセンサー式自動水栓は、日本で最初に特許をとった会社です。その当時はまだ、虫が通っただけで水が流れてしまうこともありました(笑)。

 そして1970年代オイルショックの厳しい局面で、私は経営者に指名されました。経営のイロハもわからない中で、NECや横河電機の下請けとして業績を積み発展してきました。現在は主に、鉄道車両に搭載される送受信機などを製造しています。また鉄道の自動放送装置等組立配線のほとんどは、当社が請け負っています。練馬区民になじみ深い、西武線もそうです。私は納得するまでとことん調べる主義で、この鉄道関係の仕事に関しては、手掛けた当初から蓄積した写真データなどが貴重な財産となっており、社会に寄与してきたという自負があります。

副会長を務める練馬産業連合会のご紹介もお願いします。

 練馬産業連合会は1946年に発足した練馬産業協栄会が前身です。1955年頃から会員が増加し、1960年に社団法人の認可を得て「社団法人 練馬産業連合会」と改称しました。現在は一般社団法人として、約900社を擁しています。現在の事務所はCoconeriの4階にありますが、2015年初秋には、8階建ての自社ビルが完成します。3階から8階を賃貸マンションとして、今後は自主運営をしていく予定です。

 会の目的は、会員の皆様へスムーズな経営のアドバイスを行うことです。賀詞交歓会の参加者は年々増えており、交流への意欲を感じます。

 また、1989年、練馬産業連合会内に「ねりま異業種交流会」が誕生しました。この交流会は、練馬区内の中小企業が事業発展のため、個々の保有する技術・情報・人材など相互活用による企業間交流を目的として練馬区の支援を受け発足されました。私自身は、自動給水装置、ペットドライヤーの開発に携わりました。その後、すずしろ環境開発事業協同組合を結成。介護の分野で、要介護者の着替えをさせやすいように、背中にマジックテープがついた介護用の服を開発し、特許をとりました。

ねり☆エコに参加されたきっかけは?

 2010年、練馬産業連合会がねり☆エコに加入することになった際、すずしろ環境開発事業協同組合で環境に配慮した活動をしていたことから、私が推薦されました。

今まで参加してきての所感を聞かせてください。

 ねり☆エコは横倉会長をはじめ、環境の認識が深い素晴らしい方たちが会員に揃っていて、「いい会ができた」というのが第一印象でした。

 ですから、ねり☆エコ自体をどれだけ広く区民の方に知ってもらうかが大切だと思っています。ねり☆エコを知っていただくことが、原点である温暖化対策を知っていただくことにつながると思います。広く区民に浸透するにはものすごい労力が必要ですが、地道に続けていくことが重要です。本当は区報などで、ぜひねり☆エコのことをトップで扱っていただきたいですね。

 個人的には、練馬の駅前で「あなたは、ねり☆エコを知っていますか?」と呼びかける活動をしてみたいです。

宇宙への興味が、地球を
大切に想う心につながる

練馬で地球温暖化対策をすすめる上での、産業界としてのポイントとは?

 職種によって改善するポイントや、できることとできないことは異なります。ほとんどの会社が、基本的な対応はとっています。それ以上となると、ただやってくれと要求するだけではなく、ねり☆エコが現場を見て理解し、サポートしていくこと、一緒に取り組んでいくことが必要ではないでしょうか。

日東通信機工業株式会社としては、どのような環境活動を行っていますか?

 業務で使用しているハンダゴテには健康によくない成分が含まれているため、70万円かけて、粉塵を吸い取り浄化する装置を設置しました。室内の清潔度が全く違いますね。

 また、トイレの照明をLEDに変えたり、ウォシュレットを使わないときはオフにしたりと、地道に節電しています。社員に、電気を無駄に使わず、こまめに消すよう徹底したところ、習慣化し、電気代も減り、節電されていることがわかります。

地球温暖化対策への取り組みとして、どんなことが重要だと思いますか?

 21世紀は、やはり環境の時代だと思います。視点を大きく広げ、宇宙へ興味を持つと、自然と地球そのものにも興味がわいてきます。

 ねり☆エコでは、JAXAの方を呼んで親子を対象に宇宙をテーマにした講演会を開催したことがありますが、次回はぜひ宇宙飛行士も呼んでいただきたい! 本物の宇宙飛行士と対面することで、子どもに大きな夢を持たせることができると確信しています。

子どもたちとの関連で、練馬工業高校の学校評議委員会のメンバーでもあるそうですが。

 7年前(2008年)から参加しています。そのなかで、「何か日本一のものを作ったらどうですか?」と提案したことがあります。周囲からは難色を示されましたが…できたのです、日本一のものが! 太陽光を使った自走式の車を作って表彰を受けました。

 子どもたちの、本気のスイッチが入ったのでしょうね。もともと、ダメな子どもなんていないのです。ダメにしているのは、周りの大人です。子どもを受け入れてあげれば、みんないい子、できる子であると感じた経験でした。

では最後に、地域の皆様に向け、メッセージをお願いします。

「住みやすい環境を作るのは、自分自身だということを忘れずにいましょう」とお伝えしたいですね。私自身は、光が丘の14階建てのマンションの13階に住んでいて、都庁や羽田空港の灯りが見える環境が、とても気に入っています。しかし、大切な環境を守るために努力をしなければ、維持することはできません。私自身もそのことを忘れずにいたいですね。

(平成27年3月30日)

プロフィール
1944年、横浜本牧に7人兄弟の末っ子として誕生。母方は北条氏直系の末裔という。貿易関係の会社に勤務していたサラリーマン時代の1974年に結婚。義父が創業した日東通信機工業株式会社を継ぎ、現在に至る。練馬産業連合会副会長をはじめ、様々な役員を兼任している。

ねり☆エコの総会で挨拶する村上さん


懇親会でねり☆エコの
委員の方々と談笑
(2013年5月)


産連見本市での打合せの様子
(2014年6月)


地球温暖化防止月間講演会
「宇宙から見た奇跡の地球!」