令和6年度 環境月間講演会 当日レポート
海の哺乳類(ほにゅうるい)からのメッセージ
日時:令和6年6月2日(日曜) 14時~16時
会場:練馬区役所本庁舎アトリウム 地下多目的会議室
参加者:区内在住・在学の小学4年生以上、大人のみも可 151名
講演会全体の様子
期間限定動画配信を行っています
視聴方法
①メールで、「環境月間講演会 動画視聴希望」と表題をつけ、代表者の氏名・電話番号を記載して、ねり☆エコ事務局 に申し込んでください。
②ねり☆エコ事務局から動画のアドレスとパスワードを返信メールでお知らせいたします。受信制限を設定している方は、受信できるように設定変更しておいてください。
※お申込みのご返信は平日の8時30分から17時となります。
※申込者限定の配信のため、アドレス・パスワードの転送やSNSへのアップ等は禁止です。
※申込期限:令和6年12月20日(金)17時
※視聴期限:令和7年1月6日(月)17時
概要
クジラやイルカを通じて、今ある環境について考えてみましょう。6月の環境月間のイベントとして、区内在住・在学の小学4年生以上を対象に、クジラ研究の第一人者でもある田島 木綿子(たじま ゆうこ)先生を講師に迎え、「海の哺乳類からのメッセージ」と題した講演会を開催しました。
冒頭、主催のねり☆エコ・小口深志会長が挨拶。「田島先生によると、一人ひとりの生活が巡りめぐって海のクジラの生活に大きな影響を及ぼすそうです。この機会にぜひ、ヒトとクジラの関係や海の環境について考えていただければと思います」と、参加者に呼びかけました。
講演は「哺乳類とは?」という話から始まり、海の哺乳類とヒトとの共通の特徴、海にすんでいる哺乳類が海岸に打ち上がってしまうストランディング個体の調査・研究の現状や見えてくる問題について、田島先生のわかりやすい説明で学ぶことができました。
その中で、国内のストランディング件数は年間300件以上あり、病気以外にも人間社会に原因があること、新種・珍種の発見にもつながっていることなど、興味深い話が多くありました。環境問題について、田島先生は「当たり前のようにストランディング個体からプラスチックが発見されている。対岸の火事ではない。さらに怖い話は、環境汚染物質がプラスチックに吸着し、環境汚染物質の蓄積濃度が高いのは海洋生態系のトップであるシャチだ」と指摘しました。質疑応答では参加者から多岐に渡る質問が相次ぎ、関心の高さが見受けられました。
田島 木綿子先生
小口深志会長
講演の終了後も、田島先生に個別質問やサインを求める長蛇の列ができました。参加者からは「陸上から再び海に戻ったのが海の哺乳類だと知り、本当に不思議だと思った」という感想から、「海岸のゴミの7割は川から流れていると知り、ハッとしました。普段の生活から気をつけたいです」という気付きの声もありました。また「先生のファンです。本にサインしてもらってうれしい」「進路相談ができて良かったです」と、目を輝かせながら話す学生も! 多くの参加者にとって充実した時間になったようです。
対話もしながら、サインに応じてくださった田島先生
当日は「ねりねこ☆彡」が来場者を出迎えました。受付の奥には、第13回(令和5年度)こどもエコ・コンクールの入賞作品を展示。また国立科学博物館で開催中の「大哺乳類展3」(令和6年6月16日まで)のポスターとともに、パネルで田島先生の書籍(『海獣学者、クジラを解剖する。〜海の哺乳類の死体が教えてくれること〜』『クジラの歌を聴け 動物が生命をつなぐ脅威のしくみ』など)を紹介しました。
お出迎えをするねりねこ☆彡
第13回(令和5年度)こどもエコ・コンクール入賞作品の展示
「大哺乳類展3」のポスター
講演会終了後のアンケートに回答した参加者には、クジラがモチーフのブックマーカーを進呈しました。
エコ素材のファイルに入れて、ねり☆エコ周知チラシやノート、パンフレットなどを配付
アンケートにご協力してくださった参加者にブックマーカーを進呈
1階アトリウムでは、5月30日〜6月5日の間、展示イベント「環境月間パネル展〜地球を守るために」を開催。プラスチックゴミの問題を大きく取り上げました。中でも目を引いたのは、講演会でも話題となったクジラの胃の中から発見されたプラスチックゴミの量を体感できるコーナー。海のゴミを減らすためにできることとして、「使い捨てを見直そう」「ごみは、決められた場所に出すこと」などの提言がありました。
環境月間講演会「海の哺乳類からのメッセージ」(講演記録 抜粋)
講師:田島 木綿子氏(国立科学博物館 動物研究部 脊椎動物研究グループ研究主幹)
【プロフィール】
日本獣医生命科学大学 獣医学部卒業、獣医師。東京大学大学院 農学生命科学研究科 博士号(獣医学)取得。米国海棲哺乳類委員会の招聘研究員を経て、国立科学博物館動物研究部研究主幹。筑波大学生物系准教授、日本獣医生命科学大学 獣医学科客員教授を兼務。
講演中の田島先生
哺乳類ってなに?!
皆さん、こんにちは。国立科学博物館動物研究部研究主幹の田島と申します。肩書だけみると偉そうですが、何かを知りたいと思って突き詰めていくうちに、こういう役職、立場になったということです。
私の専門は海に棲んでいる哺乳類ですが、生物全般が好きなんです。獣医さんになりたくて、まず獣医大学に入りました。動物に関わる何かをしたいと、巡りめぐって今は海に棲んでいる哺乳類を研究したり、上野の国立科学博物館で開催している「大哺乳類展3」(令和6年6月16日まで)の展示を監修したりしています。
海にいる哺乳類というと、人間は遠い存在だなと思いがちですが、彼らも我々と同じ哺乳類なんです。実は彼らの祖先は昔、陸上にいたんですね。それが、わざわざ海に戻ってしまった。進化とか系統とかを考えると、「えっ?」て思いますよね。でも人間も哺乳類だし、皆さんの近場にいる犬、猫、牛、豚も哺乳類ですよね。そこで「哺乳類って何?」というところも知っていただきたいです。
「世界の鯨」と「日本の鰭脚類(ききゃくるい)」というオリジナルポスターが、上野(国立科学博物館)のミュージアムショップとオンラインショップで販売されています。この絵(ポスター)から代表的なクジラやシャチ、イルカ、鰭脚類のアザラシやアシカなどを知っていただくのも1つのきっかけだと思っています。
「哺乳類って何ですか?」と聞かれたら、どれくらいの方が正しく答えられるでしょうか。「何かを知る」ということは、きっかけとか気付きだと私は思っています。今日の講演もきっかけや気付きの場にしていただけると嬉しいです。では、「哺乳類ってなに?!」というスライドをご覧ください。図鑑や教科書に書いてあることのほとんどは、この黄色い文字に書いてあることが当てはまります。もっとたくさんありますが、黄色い文字に全てあてはまらないと哺乳類ではないはずです。
スライドの黄色い文字には、「哺乳」「胎生」「肺呼吸」「首の骨の数が7つ」「3つの耳小骨」「骨盤(骨盤骨)」「横隔膜」「2心房2心室の心臓」と書いてあります
哺乳について「哺乳類」
分類名になっている「哺乳」ですが、スライドに3つの動物がいますね。海にすんでいるイルカと、陸上にすんでいる四つ足の犬と、そして私たちヒト。実はみんな同じ行動をして、成長したはずです。
哺乳類とは、お乳で子どもを育てることでまとまったグループなんです。見た目の違い、どこにすんでいるか、どうやって生きているかというよりも、とにかくお乳で子どもを育てるということが哺乳類の第一義です。
ただ残念ながら、この行為はメスしかできません。オスはできないんですね。進化の過程でメスがやった方がいいということになり、お母さんがやることになりました。お母さんはお乳を出しますが、どこから出すかわかりますか。皮膚には付属腺といって、汗をかく汗腺や、何かを分泌する腺があるんですよ。
その中の1つが乳腺になります。その乳腺が性ホルモンの関係で、白いもの(乳)を作るんですね。お乳の成分はどこから出るかというと、私たちの体の中にある液体といえば血液しかないので、血液から作られます。
作ったお乳をどこから子どもに与えるかというと、いわゆる乳首や乳頭というものができて、やっとお母さん側は準備ができたということになります。では、子どもはどうしましょうか? お母さんが作ってくれたお乳をどうやって皆さんは飲んでいましたか?
今日は、1つ知っていただきたいのは、表情筋というものです。人間はどうしても漢字に引きずられて、表情を作る筋肉だと思いますね。でも、本来の機能はそれではなくて、お母さんが作ってくれたお乳を吸うためにあります。この吸う行為は、ほっぺたと唇で吸う筋肉を表情筋が作ってくれたので、我々はお乳を吸うことができるわけです。哺乳類であればどんな形をしていようが、どこにすんでいようが、お乳を吸うことができる。それが表情筋の本来の機能です。人間の場合は、もちろん表情を作るということも機能としてあります。
背骨がある動物が脊椎動物ですね。ヒトも脊椎動物です。脊椎動物には、魚、鳥、両性爬虫類がいます。実は、表情筋の祖先は、魚の場合はエラを制御する筋肉だったんです。だんだん鳥や爬虫類になってくると首が活躍する。活躍するというのは、首をキュッとしめて首を保つ筋肉になったということです。
哺乳類は、お乳を吸いたくなるとどうするか? この首にあった筋肉を顔にもってきて、ほっぺたと唇を作ってくれたと言われています。実は表情筋ひとつをとっても、我々だけが持っているわけではありません。ただ、お乳を吸う行為が口にあるというのは、表情筋が哺乳類である証です。表情筋にも色々歴史がありますが、表情筋を持っているということ、イコール哺乳類だということを知っておいてください。
ゾウの表情筋
それを知った上で、象の哺乳行動の写真を見てください。皆さんにも感動していただきたいのですが、象といえば長い鼻が特徴ですね。水を飲むときは長い鼻から飲んだり、リンゴを丸めて食べたり、鼻でなんでもかんでもできます。でも、この小象の哺乳の写真を見ると、鼻を使っていません。表情筋を使ってお乳を口でくわえて飲んでいます。ということは本能として、表情筋を使って吸う行為をしている姿を見て、私は感動してしまったんです。動物園に行って「象はかわいい」というのもありですが、1歩先を行きたい場合は、表情筋を思い浮かべながら象を見ていただけると良いかなと思います。
象の表情筋について説明しているスライド
クジラたちは舌にフリンジ
海の哺乳類だと、子どもも親も泳ぎながら哺乳しないといけないので、ちょっと大変ですね。このため彼らだけが持っている性質があります。そのひとつとして、舌にフリンジがあるんです。我々の舌には、平面にビラビラしているものはありませんが、彼らの舌はヒラヒラしています。
最初はこれが何だかわかりませんでした。このヒラヒラは、大人になると消えてしまうんです。ある時期だけ持っているんですね。結局、泳ぎながら乳を飲まなくてはいけないから、乳首が口から離れず要領よく飲めるように、このフリンジが乳首に巻きついて飲むのをアシストしていると、今は言われています。
哺乳類の首の骨の数は7つ!!
首の骨について見ていきましょう。皆さん、首の骨なんてあまり考えたことがないと思いますが、実は哺乳類の首の骨の数は7つと決まっているんです。なぜ7つなのか? そこには壮大な歴史があります。もし興味がある方は、いろいろな研究がすでに整理されていますので、調べていただければと思います。
イルカたちに首はあるの?!
イルカたちに首はあるのでしょうか。実際、イルカの首はとても短くて、どこなのかわかりませんよね。それは正解です。海の中でなるべく水の抵抗を感じないように体の表面をスムースにしたいので、首をあえて作っていません。
ただ、しっかり首の骨は7つあるんですね。もちろん、形は違っていますが哺乳類だといえます。一方、首の長いキリンもいますね。「さすがに10本くらいあるんじゃないですか?」と、皆さん言いたくなるかもしれません。でもやはり首の骨の数は7つを保っている。それが哺乳類であるということなんです。
肺呼吸
海にすむ哺乳類とヒトが共通するところは、肺呼吸もあります。「何で当たり前のことを言うんですか?」と思うかもしれませんが、大きく息を吸ってみてください。体のどの部分がふくらみますか? 哺乳類は胸のあたりに肋骨(ろっこつ)というものがあります。他の動物の肋骨はどうでしょう? 例えば、魚のサンマは全身に渡って肋骨を持っています。今度よく見てください。でも哺乳類は、胸にしか肋骨がないんですね。どうしてかは、肺呼吸に関連します。
我々が大きく息を吸うと、肋骨で構成されている胸郭(きょうかく)を筋肉でふくらませています。肺は自分でふくらますことは絶対にできません。我々、哺乳類は体のどこかを動かしたいとき、筋肉がないと動かせません。それを呼吸器筋といいます。呼吸器筋は4つあります。まず横隔膜、肋間と肋間に外肋間筋、内肋間筋、最内肋間筋の三層があります。全部、肋骨にくっついています。
「哺乳類の肋骨はなぜ胸の部分にしかないんですか?」と聞くと、「心臓を守るためです」と答えてくださる方が多いのですが、私は意地悪な質問をして、「お腹の方にもいろいろ内臓があるのにそちらはいらないんですか?」と。つまり、肋骨が胸にしかない我々は、呼吸をするために肋骨があるというのが今のところ一番正しい正解になります。さらにそれはなぜか?というと、呼吸器筋を付着させたいため。だから呼吸器筋で肺がふくらむのです。
この呼吸器筋、皆さんがよく知っている筋肉なんですよ。横隔膜はハラミとして私たちは食べています。外肋間筋、内肋間筋、最内肋間筋はカルビとして食べていますね。焼肉屋さんに行ったら、呼吸器筋のことも思い出してくれると嬉しいです。
ハンドウイルカの骨格
この動物が分かりますか? 「この動物、胸の部分にしか肋骨がないな」と思いを馳せて、「もしかしたら我々と同じ肺呼吸をしているから哺乳類かもしれないな」というところまで行き着いていただきたい。もちろん、違う場合もありますよ。
実際、これは、水族館では一番馴染み深いハンドウイルカの全身骨格です。イルカと聞けば、哺乳類だとわかる方もいると思います。どうしても水中にいると、「魚なんですか?」「サメなんですか?」と思う方もいるかもしれませんが、魚類である彼らと全く骨格は違います。どちらかというとヒトと一緒、というのは骨からも分かることです。
イルカやクジラの肺呼吸を説明するスライド
腕の中には何がある?
「腕の中には何がある?」というスライドです。ヒトの腕の中の構成要素は何でしょうか? 力こぶのできる上腕骨(じょうわんこつ)と、尺骨(しゃくこつ)と、橈骨(とうこつ)。ヒトの指の骨は3つが基本です。
では、海の哺乳類で見ましょう。前足で、ひれ状です。ここで「ヒトとは全然違います。やはり魚ですよ」と言われてしまいそうですね。そう言いたいことはわかります。
イルカやクジラの上腕骨を説明するスライド
でも実際、骨を見てみると、上腕骨、尺骨、橈骨、指の骨を持っています。我々と一緒ですね。ただし、指の骨が多くなってしまった。ヒトは3つと言いましたが、彼らは、例えば7個とか、8個とか、10個とか、種によって違いますが、指の骨がすごく多い。だけど、基本の構成要素は同じだということを知ってほしいです。
胎生(たいせい)
哺乳類は、メスのお腹の中で子どもを育てる、ある程度大きくなるまで育てようという選択をしました。進化の過程で、哺乳類が地球上で最も繁栄できたのは、この胎生というものを獲得したからだという人もいます。実際、メスには子どもを育てるための子宮があります。
子どもがお腹の中で大きくなるための胎盤(たいばん)というものがあります。胎盤にも色んな種類があり、実際、お母さんと子どもがつながっている胎盤は、おへそでつながっています。子どものおへその外はお母さんとつながっていることは皆さん知っていますね。では、おへその中は何とつながっていますか? それを知ってほしいのです。お母さんのお腹にいる時に子どもは、自分で栄養を取ることはできません。お母さんから全ての栄養を与えてもらうしかない。血管がおへそを作っています。そのおへそから、お母さんの栄養がまず肝臓にいきます。肝臓を経て、巡りめぐって栄養になって、うんちやおしっこの老廃物になる。そうすると、それもお母さんに処理してもらわないといけないので、膀胱とおへそはつながっているんです。
お腹の中の肝臓と膀胱に、胎児期の遺残があります。これも哺乳類の証です。小さい頃、おへそをほじっているとお腹が痛くなりましたね。おへそは肝臓と膀胱につながっていますから、痛くなりますよね、という話です。
恒温動物
哺乳類、鳥類もそうですが、ある一定の体温でなければ死んでしまうわけです。では、どうやって体温を一定に保っているのでしょうか? 第一選択肢は、体中に毛をまとうのがいちばん楽だそうです。ハダカネズミみたいな例外を除けば、陸上の哺乳類には、ほとんど毛があります。さらに、海に棲んでいる哺乳類ですら、鰭脚類のアザラシやアシカ、ラッコなど、体中に毛をまとっています。
一方、クジラやマナティ、ジュゴンが含まれる海牛類には、毛がありません。彼らは遊泳の際に、毛があると邪魔になるわけです。重たいし、抵抗を感じる。彼らはより水中に適応したかったので、毛を退化させてしまったんですね。でも体温は一定に保たなければいけない。どうしたかというと、分厚い皮下脂肪を蓄えるようになりました。私たち人間の皮下脂肪とは違い、かなり強靭で硬いものです。皮下脂肪を蓄えて体温が逃げないようにしようとしたわけです。
我々人間には毛が全然ないですね。毛がない哺乳類は、鯨類と海牛類と、人間だけなんですよ。そこも共通しているところ。では、人間はどうしたかというと、脳で解決したんです。例えば、建物を作ったり、着る物を作ったり、エアコンを開発したり…。完全に他力本願で体温を保つようにしたわけです。我々が裸だったら、多分あっという間に死んでしまいますね。人間は知能で生き残る術(すべ)を得たわけです。動物によって違いはありますが、とにかく一定に体温を保たなければいけない、というのが共通点です。
毛とは?
体に生えている毛と、口の周りに生えている毛は、実は機能が違います。口の周りに生えている毛は、「感覚毛」「洞毛」といって感覚に優れているもので、体温を保つためのものではないんです。「感覚毛」は、体に毛がない海牛類やクジラにも生えています。残念ながら、人間には「感覚毛」がありません。男の人のヒゲは構造が違います。おそらく我々は視覚で見ているので、「感覚毛」は退化してしまったのではないかと、私は思います。
三つの耳小骨
次は聴覚です。哺乳類は音を聞くために、非常に小さな骨、耳小骨を3つ持っています。これが耳の中に入っていないと、私たちは音を聞くことが絶対にできません。
2心房2心室の心臓
体が大きかろうが小さかろうが、我々は陸上生活に特化するために、心臓は2心房2心室の4つの部屋に分かれています。もともと水中にいた時は、えら呼吸をして水から酸素を得ていたので、単純で良かったんです。でも、陸上で生活するためには、大気から酸素を得なければならないので、とても大変なんです。
そこで、我々は肺を作ったわけです。肺から酸素を得て、心臓で体中に運んでいく。肺 → 心臓 → 体中という2つの経路が必要になりました。動物進化説の中で、上陸できたということは、ものすごいことでした。私たちの祖先は水の中で「いつか陸上に行くぞ」と思っていたから、デボン紀になって、ある一部の動物が陸上で生活できるようになったんです。そのため体を抜本的に変えなくてはならなかったんですね。
にもかかわらず! こんなに頑張ったにもかかわらず、海の哺乳類は再び海に戻ってしまったんです。それも哺乳類のまま。そこがおもしろい。なぜそのように進化したのかは、全くわかりません。哺乳類であり続けたけれども、また海に戻って水中生活をしているというのが、海の哺乳類なんですね。
系統…違うのに同じ?!
いま、私が言ったことは「系統」といいます。哺乳類という系統の例を示したので、見た目が違っても、どこにすんでいようと、違いはあるけれども、本質は同じ、共通するところがあるということをぜひ知ってほしいです。それが「大哺乳類展3」のテーマでもある「系統=つながり」ということです。
哺乳類の系統樹
系統を考えるときに、「系統樹(けいとうじゅ)」というものを書きます。地球上の全部の哺乳類を系統樹に書いたスライドです。ここで知ってもらいたいのは、海にすんでいる哺乳類とまとめて言っているんですが、実は彼らがたどってきた歴史はみんな違うということ。
哺乳類の系統樹を説明するスライド
収斂(しゅうれん)…似ているのに違う?
海にすんでいる生物は、いずれも水の中で効率よく泳ぐための流線型の体型ですが、似ているのに違うという現象が起きるんですね。例えば、分類でいうとサメは魚類、魚竜(ぎょりゅう)は化石種ですが爬虫類、イルカは哺乳類です。
でも、イルカを見るとヒレ状の手を持っています。尾びれの向きにも注目してください。サメの尾びれは体の向きに対して左右に振ります。でも、イルカは上下に振ります。なぜでしょう? 哺乳類の場合は1回陸上に上がって、再び海に戻った。いわゆる犬が草原を疾走するときに、尻尾をふさふさ揺らしながら走りますね。あの形、構造のまま海に戻ったので、尾びれはどうしても上下にしか振れないんです。そういうところを見ると、系統は違うなと思います。
ただ、どうして見た目が一緒なのか? そこがまた生物の進化のおもしろいところで、同じ環境に適応するために、たまたま外見や機能が似てしまったことを、先ほどの「系統」とは分けて、「収斂(しゅうれん)進化」と私たちは呼んでいます。「似ている」のはうわべだけ!ということです。もちろん、うわべではないこともあります。どちらが収斂で、どちらが系統なんだろうと、そこを考えるのがおもしろいと思うかどうかで、研究や知る喜びになるんですね。
鯨偶蹄目(ぐうていもく)
海にすむ哺乳類はどういう動物がいますか?というと、皆さんが知っているクジラやイルカは「鯨目(げいもく)」といいます。彼らには、実は親戚がいたんです。それは「偶蹄目」といって、偶数の蹄(ひづめ)を持っているグループです。ウシやヤギ、ブタ、ラクダ、キリンなど、草食性の動物はほとんど偶蹄目です。この2つがかなりの親戚関係だとわかりました。なぜ分かったかというと、DNAの遺伝子解析のおかげです。
DNA研究の最新の知見では、鯨類と偶蹄類は同じで、さらに一番近いところはカバらしいということが分かりました。研究者はいつも知見を疑いながら考え、例えば、鯨類と偶蹄類の形でみると、足首のかかとに共通の特徴があります。さらに胃が複数の部屋に分かれている。また「気管の気管支」にも共通点がある。ヒトには気管があって、左右の肺に分かれて初めてそれを気管支といいます。しかし鯨類と偶蹄類だけは、右側だけが気管から直接もう1本気管支が出ています。そのヘンな気管支を鯨類と偶蹄類だけが持っている。稀有な共通の特徴を持っているので、やはり共通の祖先かなと思います。どうしてか?どういう意味なのか?ということまでは分かっていません。もし若い方がいたら、今後解明していただきたいです。
クジラ類
今、クジラは世界中に90種類ぐらい存在します。口の中にヒゲ板というものをもっているヒゲクジラと、我々と同じ歯を持っているハクジラ、大きく2つに分かれます。皆さんが大きいと思うのはヒゲクジラで、イルカのように小さいなと思うのは、だいたいハクジラですね。
日本にどれくらいクジラがいるのでしょうか? 日本は「クジラ大国」と呼ばれるくらい、世界中の約半分の40から45種が日本周囲で暮らしていたり、回遊したりしています。クジラ好きにとっては非常に恵まれた国であると言えます。
ハクジラ
ハクジラは、乳歯や永久歯はないです。1回生えて完了です。その歯を使って(使わない種もいますが)、餌を一匹一匹捕まえるというのが基本です。性的二型がある種がいます。例えば、シャチ。オスしか背びれが2m以上になりませんが、ぱっと見で性的にわかる特徴があることが性的二型です。あと、外鼻穴が1つという特徴があります。普通は鼻の穴は2つですが、ハクジラは鼻の穴が1つしかない。盲腸がないというのも特徴だったりします。
歯とは? 何本ある?
歯は我々にはたくさんあり、場所によって形が違いますね。咀嚼して、消化吸収を良くするために歯の形が違うわけです。ハクジラは、歯がたくさんありますが、全部同じ形です。彼らは水中適応した時に、咀嚼はやめてしまったんですね。エサは全部丸呑みです。
さらに、ハクジラだというのに歯がない種、歯の数が少ない種もいます。特にオウギハクジラは、オスしか歯はないし、左右一対しかない。メスに限っては歯がありません。実際は、歯が骨に埋まっているんですが、見た目ではもう歯がない。イッカクというと、カクは「角」という字を書くから「つの」かな?と思いがちですが、歯ですからね。オスしか歯が生えないし、エサを丸呑みして咀嚼しない彼らにとって、全く意味がないですよね。では何に使うか?というと、完全なる性的二型に使います。いわゆる、オスがメスへアピールするために使うんです。
超音波でコミュニケーションをすることもハクジラの特徴です。だから鼻の穴が1個しかないと言われています。
ヒゲクジラ
ヒゲクジラのことで知っていただきたいのは、彼らしか持っていない「ヒゲ板」です。私たちの口の周りにあるヒゲとは関係なくて、形としてはヒトの爪や髪の毛に一番近いです。いわゆる口腔(こうくう)粘膜がケラチン化したもの。それが口の中にびっしりと生えて、大量のプランクトンを一気に食べて濾(こ)し取ります。ただ、彼らも歯は持っています。多分、ハクジラからヒゲクジラが派生したのではないかということを根拠としている研究者もいます。
鰭脚(ききゃく)類
鯨脚類は、アシカやアザラシ、セイウチの仲間です。世界中に30数種いますが、日本にいるのは少なくてたった7種。だからどうしても、アシカやアザラシは水族館で見ることが多いですね。さらに、彼らは寒いところが好きなので、北海道や東北にしか野生個体がいません。北海道に行く機会があったらぜひ見てほしいなと思います。
海牛(かいぎゅう)類
最後は、海牛類です。非常に生き方が下手だったようで、世界中にたった4種しかいません。アフリカにいるマナティ、アメリカにいるマナティ、アマゾンにいるマナティ、そしてジュゴン。ジュゴンは中国と沖縄に少しいます。もう本当にわずかしかいないので、たぶん絶滅してしまうだろうと言われています。
海牛類で、最初のきっかけとして知っていただきたいのは、唯一の草食性だということ。鯨類や鯨脚類は肉食性ですが、海牛類は草しか食べません。さらにすごく好き嫌いがあり、海草しか食べません。われわれが海草って聞くと、どうしてもワカメやコンブを想像しますが、彼らはそれを嫌いなんです。だから多様なエサに対応できず、生息域が限定されたため、今は4種に激減してしまった。化石は10種以上あったのですが...。もうちょっとワカメやコンブを食べていれば、彼らに明るい未来があったのかもしれないですね。
系統の話でいくと、鯨類と偶蹄類がとても似つかないのに親戚関係だというのと同じように、実はジュゴンやマナティと一番近いのはゾウだといわれています。見た目が全然違いますが、彼らはアフリカに起源を持つ動物、アフロテリアだと、今のところ分かっていることです。このあたりが分かったのもDNA解析のおかげです。
海岸にストランディングする海棲哺乳類からのメッセージ
ストランディング
海にすんでいる哺乳類が海岸に打ち上がってしまうことをストランディングといいます。日本語でいうと座礁、漂着といいます。生きている場合(ライブストランディング)もあるし、死んでいる場合(デッドストランディング)もある。1頭の場合(シングルストランディング)もあるし、大量の場合(マスストランディング)もあります。
ストランディング個体の調査を、私はもう20年以上やっています。日本でどれくらいストランディングが起きているかというと、年間300件以上の報告があります。1日にどこかで1頭が死んでいるくらい、意外と起きています。この数字自体、知らない方が多いと思います。
残念ながら、日本では粗大ゴミとして厄介者的に処理されているのが現状です。彼らがなぜ死んでしまうのか、もっと知りたいということで、各地の大学や研究施設、協力者などにいろいろ声を聞かせていただいています。ストランディング個体を調査研究するため、標本にしたり、研究資料を収集したり。このような資料を集めることにより、100年後、200年後に何か分かることもある。海の哺乳類だけではなく、海洋生態系を知るきっかけになればいいなと思います。
ストランディングの原因に迫る!
ストランディングの原因はさまざまです。私は病気が専門ですが、分かっていることもあれば、分からないこともたくさんあります。個人的には彼らは自殺をしないと思っています。
人間の場合、あるどこかで死体が見つかると「変死体」と呼ばれます。変死体は人間の法律で、必ず解剖して死因を解明しなければならない。ドラマの「科捜研の女」を思い出すかもしれませんが、科捜研の動物版を私たちはやっているのではないかと最近思っています。
ストランディングの原因に迫るスライド
ストランディング個体の調査とは?
なぜストランディングをしたのか? なぜ死んだのか? 死因を知るためには、いろんな学問、いろんな方法があります。私は大学時代から病気を専門にやってきたので、その観点から彼らの謎に迫れないかと思って、研究を続けています。
死体が打ちあがると、「大人ですか?」「子供ですか?」「寿命ですか?」とよく聞かれます。答えが分かるのもいるし、分からないのもいる。分かるためには、彼らの当たり前をまず知らないといけない。彼らのライフスタイルやライフヒストリー、何を食べて生きているのか、どんな病気があるのか、誰と誰が近いのか。その分類によって特徴的な病気があるとか、生き方があるかもしれない。あとは寄生虫もいたりする。
ストランディング個体の調査を説明するスライド
個体が大きくても、小さくても、同じ調査をしなければいけない。最近だと、堺市にあがったマッコウクジラを私たちが調査しました。体長16mほどの大人で大変でしたが、やはり知りたいという気持ちが根底にありますね。
非疾病性要因
ここから紹介するのは、死因が病気ではないものです。残念ながら、ほとんどは人間のせいで、人間の社会と共存できないということです。例えば、漁網が絡まって尾びれを切られてしまったとか、船のプロペラに絡まってしまったとか。これは全部、日本での事例です。調べると内臓に病気がないし、お腹いっぱいに食べている。そうするとアクシデンタリー、事故で死んだのかなと判断します。もちろん、人間も生きていかなければいけないので、そこは競争でもいいと思うのですが、どうしても人間はトップに立ちたがりすぎてしまう。もうちょっと抑えてもいいかなと、現場からは思っています。
最近多いのは、大型タンカーと大型クジラの衝突事故です。いくら大型のクジラといってもタンカーには勝てません。海外ではものすごく多く起きていることです。
子どもが死ぬのもかなり多いです。お母さんのお乳をのんでいる時期の子どもがかなり死んでいます。小さいと単独での生存は極めて厳しい。「親とはぐれたの?」「親はどこにいるの?」「ヒト社会の影響はあるの?」と、何の原因があったのかを調べていかなければいけません。
自然の摂理、いわゆるプレデターですね。海の哺乳類、海の生物にとって一番の外敵はシャチだと思います。日本の周辺では、サメに追われて、かじられて、食べられて、ということをたまに見ることがあります。
病気!!
病気については説明が難しいのですが、同じ哺乳類なので、人間でいう「動脈硬化症」がクジラにもあります。またアミロイド症という、人間でいう「老人斑(はん)」「アルツハイマー病」があります。脳の細胞にアミロイドタンパクが沈着して、いろんな悪さをする。あとは感染症ですね。肺呼吸していますから肺炎になります。甲状腺がやられてしまう場合もあります。「コロナにならないですか?」と聞かれた時は、同じ哺乳類だから彼らもコロナになるんじゃないかなと、当時は答えていました。
子宮を持っているので、炎症を起こした子宮の中で子どもが死んでいるという個体を見たことがあります。ちょっと難しいかもしれませんが、「ブルセラ感染症」という人畜共通感染症があります。法律で厳しく取り締まられていて、例えば牛や犬に見つかったら必ず焼却しなければいけない。人間に感染すると女性は流産してしまう、男性は精子が作れなくなってしまうといった非常に怖い病気です。それが最近、クジラたちに蔓延しています。
ただ、おもしろいことがあります。ブルセラは細菌なので、生きているわけですね。私が先ほど言ったのは陸上にいるブルセラの話です。進化の中で海に行ったブルセラもあるので、陸と海では実はブルセラの種類が違う。陸上で生きられるブルセラと、海中で生きられるブルセラが、ある時期に分かれたのです。海のブルセラの方は、人間にはあまり感染しないと今のところ言われています。
病気が見つからなくても野生動物には絶滅危惧種がいて、海の哺乳類にもたくさんいます。絶滅危惧種が日本の周囲でマス(大量)ストランディングすると、この個体を何とか確保して、死因も含めて絶滅危惧種の状態を訴えていかなければならない。特にクジラの中でもコククジラというのは、日本海の周辺に約150頭しか確認されていないと言われ、幻のクジラと言われているのに海岸にあがったりするわけです。タイヘイヨウアカボウモドキというクジラも世界的にみても珍しいのですが、日本で2頭あがっています。2頭目は函館にあがりました。こんな珍種が日本周辺にもいるということが、ストランディング調査からわかり、非常に興味深いですね。
「死体が好きなんですか?」とよく言われます。そんなことは全くなくて、死なない方が絶対に良いに決まっています。でも、死んでしまったら、その個体をなんとか解明したいと思うので、調査研究を必死にやっているだけです。
海棲(かいせい)哺乳類は寄生虫がいっぱい
寄生虫もたくさんいます。寄生虫学などが好きな人は、海の哺乳類を対象物にするのもいいのかと思います。
寄生虫は、外部にも内部にもたくさんいます。外部に付いている寄生虫だけでも、ミミエボシやオニフジツボ、ペンネラ、クジラジラミなど。このシラミは、私たちの知っているシラミとは全然違います。内部寄生虫で最も有名なのは、アニサキスですね。魚を食べると、アニサキスでお腹が痛くなることがありますね。このアニサキスはクジラが最終宿主なんです。最終宿主とはどういうことかというと、クジラのお腹の中で子孫を残せるので、クジラのお腹の中では悪さはしないはず。でも、均衡が保たれない時もあって、潰瘍ができてしまったりしているんですね。
アニサキスはどうして私たちに悪さをするかというと、アニサキスが本当にすみたい宿主ではないからです。寄生虫は結局、宿主を殺してしまうと自分たちも死んでしまうから、なるべく宿主と仲良くしたいはずなんです。これも覚えておいてください。
日本における大量座礁から分かる温暖化の影響
最近は、千葉で大量座礁がありましたね。温暖化については、日本は南北に長い島国なので、北海道周辺にしかいない種、あるいは真ん中、琉球列島にしかいない種というのがいるわけです。けれど最近は、暖かい場所が好きな種の1つであるスジイルカが、北海道でよくあがる。ストランディングの事例から温暖化を感じることができます。
ストランディング個体から何がわかるのかというと、新種も珍種も発見しました。さらに国立科学博物館オリジナルの「世界の鯨ポスター」があります。私たちの調査の写真から色や形を決めて、非常に正確に作られています。教材にも使えるもので、ストランディング活動の一つが役立っているかなと思います。さらに、成果などのデータベースを国立科学額物館のホームページで公開していますので、興味があったらご覧ください。
ストランディング個体の胃からプラスチックゴミを発見する
プラスチックゴミの問題です。こういう言葉が流行る20年くらい前から、当たり前のようにストランディング個体の胃からプラスチックゴミを発見していました。当時は、ここまで深刻になるとは思っていなくて、後悔というか、自分にも責任がちょっとあるというか…。最初から声を大にしておけばよかったという反省も含めて、最近こういった講演をさせていただく時には、必ず伝えるようにしています。ストランディング個体から当たり前のようにプラスチックが見つかっているので、対岸の火事ではない、他人事ではないと思います。
日本の海岸の現状を写したスライド
ストランディング活動をしていく中で、いろんな団体の方と仲良くさせていただいています。ある神奈川県の団体から海岸の清掃活動の資料を見せていただくと、日本の海岸の現状は綺麗とはとても言えない。日本人は綺麗好きだと言われたりしますが、これを見てしまうとそうでもないところがあるんだなと思うので、皆さんと共有させていただきました。
練馬区も他人ごとではない!?
海岸のゴミは、海に来ている人たちのゴミではなくて、実は川から流れてくるゴミが7割だといいます。この数字の割合を皆さんにぜひ知っていただきたい。「練馬区は海がないから大丈夫」ではありません。例えば、自販機の下に側溝がありますが、覗いてみればゴミだらけです。ゲリラ豪雨などが起きたら、そのゴミはみんな川に流れ、海に流れていく。だから、「海がないから大丈夫」ではなくて繋がっているわけです。
海岸ゴミの厄介なところは、紫外線などで細かくなってしまい、回収しづらい点です。一方、ストランディングのイルカの胃の内容物を調べると、細かくなったプラスチック片が見つかります。巡りめぐって彼らも食べていることが、現場からもわかります。
もっと深刻な問題は…
怖い話として、PCB、DDT、ダイオキシンなどの環境汚染物質、いわゆる人間が作ってしまった化学物質の話です。化学物質は一度、自然界に流れだすと、良いことが一つもありません。食物連鎖を介して、海洋生態系のトップにどんどん蓄積していきます。残念ながらわれわれ人間にも蓄積しています。
さらに最近のプラスチック問題でわかってきたことは、このプラスチックにも環境汚染物質が吸着しているということ。これまでは、餌・生物から蓄積しているといわれていたのですが、プラスチックを食べている個体にも環境汚染物質が蓄積していることがわかってしまった。ダブルパンチなわけですね。残念ながら人間で作ってしまったものなので、われわれ人間がどうにかしないといけないと思っている次第です。
環境汚染物質の深刻な問題を説明するスライド
シャチ!
シャチといえば、海洋生態系のトップ・オブ・ザ・トップです。カワイイ、カッコイイと人気があります。一方で、先ほどの環境汚染物質を考えると、最も環境汚染物質の蓄積濃度が高い動物として知られています。どうしてかというと、彼らは魚だけではなく、アザラシやアシカなども食べてしまうので、その蓄積量が半端ではないんですね。
別の観点から言うと、シャチは環境汚染物質のせいで個体数が激減しているのではないかと言っている研究者も世界中にたくさんいます。外側はカワイイですが、内側はいつ爆発してもおかくしない時限爆弾を持っている可能性を秘めていると、私たちも考えていかなければと思っています。
病気との関係性でいうと、環境汚染物質が絡むと、子どもの個体が非常に激しい寄生虫感染で死ぬということを経験しています。寄生虫にとっては自殺行為ですが、環境汚染物質が蓄積すると免疫低下を引き起こすからなんです。なんでも病気になる体になってしまい、寄生虫ですら死んでしまう。人間社会でいう院内感染と同じ状況です。
マイクロプラスチックという言葉を聞いたことがあると思いますが、世界基準では直径が5mm以下、非常に小さい。マイクロプラスチックでは、私たちは実は加害者であり、被害者にもなっています。ヒトのうんちからも出るし、とうとうヒトの血液中からも発見されたという論文が出てしまっています。私たちの体の中にマイクロプラスチックは普通にあります。
ビーチ・オーシャンクリーンアップ大作戦!
難しいのは、どういうことが起こるのか? というのが、まだよく分からないんですね。いろんな方がいま調査していると思いますが、決して良いことは一つもない。やはり何かアクションを起こしたいので、去年の夏に国立科学博物館で「海展」という特別展を行いました。そこで「ビーチ・オーシャンクリーンアップ大作戦!」を紹介しました。
開催中の哺乳類展もそうですが、みんなで情報を共有し、海洋生態系を身近に感じてもらうことが大事かなと思います。最近、いろんな本を書かせていただいたので、こういうことからも彼らを知るきっかけになると良いなと思います。
本日はご参加いただきありがとうございました。
質疑応答
質問:研究者として、どのくらいの個体を(調査で)残したい、というのはありますか?
田島:それは難しいです。年間300個体というのも報告例の数字。誰にも報告されずに海の藻屑になっている子はもっといると思います。だから可能な限り残したい、としか言えませんね。一期一会のところがあるので、このチャンスを逃さないように頑張るしかできないですね。
数名の参加者から質問がありました
質問:病気の中で、いちばんやばい感染症は?
田島:いちばんやばい感染症は、今のところ、先ほど話したブルセラ症です。もし感染していれば、私たち獣医ですら触ってはいけない。防護服を着てその個体を焼却するしかない。プルセラがクジラで出たときはセンセーショナルでした。
いろいろな研究が進んで、陸上の動物のブルセラよりも大丈夫だとわかったので、私たちもいま解剖もしていますが、今後何が起こるかはわかりません。
質問:海の騒音、ノイズ・ポリューションについては?
田島:海外ではノイズ・ポリューションが多く、対策をやっていると思いますね。日本の周囲でもノイズ・ポリューションは非常に深刻ですが、対策はあまりできていません。
質問:日本からクジラがいなくなることはありますか?
田島:そこまで彼らはヤワではないので、そこは全く大丈夫だと思います。ストランディング個体は、日本で年間300ですが、隣の韓国は年間1,500以上です。韓国の方が深刻です。同じ島国のイギリスは年間600です。300という数字を多いと思うか、少ないと思うかはなかなか難しいですね。これ以上、多くならないように、われわれで頑張っていくしかないですね。
質問:プラスチックのゴミ問題で、20年前に初めてクジラのお腹から見つかったときの思いと、今見たときの思いについてどうですか?
田島:最初にクジラの中から(プラスチック)ゴミを見つけた時は、偶然食べてしまったくらいに思ったんです。今は、2050年には魚の数よりプラスチックの数の方が多いと言われ、それくらい海の中で深刻なことが起きています。20年前の私たちにはその情報がなかったし、悪い方に進んでいったということに、私自身気づくことができなかった。現場にいる人間としては、見逃してきたのかと思うと反省はすごくあります。だから、今は皆さんに、対岸の火事ではないということを知ってほしい。実際、クジラのお腹の中からプラスチックが大量に見つかるので、待ったなしの状況なんです。
質問:クジラがお金になっていることに対して、どのように思いますか?
田島:結局、生物は誰かの命をいただいて生きるしかない。だから、クジラがダメで牛はいいのか、牛はダメで植物はいいのかなど、究極論になっています。自分たちは生物である以上、仕方ないことではあります。私の個人的な考えは、野生環境に繁殖をまかせて、野生動物を獲る時代ではないなと思います。つまり、本当にクジラの肉を食べたいのであれば、牛とか豚とかと同様に、クジラ牧場を作って、そこでクジラを育ててクジラの肉を食べればいいと思っています。いま野生個体をばんばん獲っていて、繁殖サイクルと人間が獲るサイクルのスピードが全く違っている。さすがに今のご時世、先進国だ、経済大国だといっている日本として、野生個体で獲るのは良くないのではないかと思いますね。お金は難しい…、クジラを獲っても決してお金にはなりません。皆さん、クジラの肉を食べますか? 一般に流通していないと思うんですね。水産庁は商業捕鯨の鯨種をこれから増やす考えらしいです。「クジラはお金になりますか?」と水産庁に聞いたほうが良さそうですね。