令和5年度 環境月間講演会 当日レポート
恐竜博士がやってくる! 恐竜から考える私たちの現代と近未来
日時:令和5年6月4日(日曜) 14時~16時
会場:練馬区役所本庁舎アトリウム 地下多目的会議室
対象:区内在住・在学の小学4年生~中学生、保護者 150名(申込順)
※見逃し限定動画配信は終了しました。
概要
6月の環境月間に、練馬区役所本庁舎の多目的会議室で区内在住・在学の小学4年生~中学生と保護者156名が集まり、講演会を実施しました。2時間の講演会では、講師の真鍋 真(まなべ まこと)先生がクイズを出題し、参加者から事前アンケートで集めた質問に回答する形式で進行しました。
前半では恐竜の特徴や大きくなった理由、鳥類への進化の過程、最新の化石の解析方法などについて学びました。特に、「鎧竜(よろいりゅう)」についての情報に参加者は興味津々でした。後半では、第5回目の大量絶滅から現代の6回目の大量絶滅の危機について、恐竜の研究から現代の深刻な状況を知り、未来のために生物や環境に対する関心を持つ必要があることを学びました。質疑応答では参加者からの質問が絶えず、恐竜への好奇心がさらに高まった様子が見受けられました。
地下多目的会議室「恐竜博士がやってくる!恐竜から考える私たちの現代と近未来」
多目的会議室に入る受付の奥には、第12回(令和4年度)こどもエコ・コンクールの入賞作品を展示。さらに今回の講演会に合わせて、講師の研究紹介パネルの展示、ティラノサウルスやステゴサウルスなど恐竜化石のデジタルアーカイブの展示、恐竜図鑑に掲載されている想像図(イラスト)の展示、図鑑や恐竜展の図録の閲覧や関連書籍の紹介なども行いました。参加者は実際にパソコンを操作してアーカイブの化石を、いろいろな視点から眺める、図鑑のパネルと見比べるなど、楽しく学ぶことができました。また、講演会終了後のアンケートに回答した参加者には「バンブーカトラリー3点セット」を進呈しました。
恐竜デジタルアーカイブはこちら(ディノ・ネット デジタル恐竜展示室)
アトリウム地下「第12回(令和4年度)こどもエコ・コンクール入賞作品展示」
恐竜化石デジタルアーカイブ
恐竜イラスト(©月本佳代美/Gakken)などの展示
アンケート回答者に進呈した「バンブーカトラリー3点セット」
1階アトリウムでは、6月1日~7日の期間で「環境月間展示」を開催し、講演会当日は「ねりねこ☆彡」と「ねりこんvv」が来場者を出迎えました。
1階アトリウム「環境月間展示」
「ねりねこ☆彡」と「ねりこんvv」が出迎えました
環境月間講演会「恐竜博士がやってくる! 恐竜から考える 私たちの現代と近未来」(講演記録 抜粋)
プロフィール
1959年、東京生まれ。横浜国立大学 教育学部卒業。 米国イエール大学 大学院理学研究科修士課程修了。 英国ブリストル大学 大学院理学研究科博士課程修了、博士(理学) 1994年、国立科学博物館 地学研究部・研究官。2016年、標本資料センター長。現在 副館長。
講師:真鍋 真 氏(国立科学博物館 副館長)
写真:与古田 松市
恐竜の特徴と進化
みなさん、こんにちは。今日はクイズに参加していただきながら、事前にいただいた質問にお答えしていきたいと思います。皆さん、正解・不正解に関係なく、手を挙げて気軽に参加してください。
真鍋先生からのクイズ①
恐竜を一番簡単に見分けるためには、どこを見ればよいでしょうか? ア.は(歯)でしょうか、イ.ゆび(指)でしょうか、ウ.こし(腰)でしょうか?
「ウ.こし(腰)」が正解です。
ワニの骨格は骨盤のところに浅いくぼみがあります。対してティラノサウルスは足を外すと骨盤に穴が開いています。それが恐竜の特徴です。穴が開いていない場合は恐竜ではありません。穴が開いていないと足が幅広に広がり、ワニやトカゲのようにガニ股になります。一方、恐竜は穴が開いているため足をまっすぐに伸ばすことができます。歩幅が大きくなり、長い距離を速く移動して獲物を追いかけたり、敵から逃げたりすることができます。そうして恐竜は次第に繁栄していきました。
中国の四川省で1億2500万年ほど前の時代のものとして、3本指の長さが約30cmの二足歩行の足跡が4つ発見されました。この化石には、中国のドラえもんファンである研究者が「ノビタイ」という学名を付けました。学名は、例えば人の名前の場合には「○○イ」、「マナベイ(真鍋イ)」、「マコトイ(真イ)」のように付けられます。地名の場合は「○○エイシス」、「ネリマエイシス(練馬エイシス)」のようになります。学名を見ると、ネリマという地名は知らなくても、土地の名前であることが分かります。中生代において、中国、韓国、日本は陸続きでした。この足跡は四川省で発見されたものですが、この恐竜が日本にもやってきた可能性もあるため、将来的に日本でもノビタイの足跡が見つかるかもしれません。この足跡を見ると、ガニ股でもなく尻尾を引きずった跡もないので、二足歩行の恐竜であることが分かります。
真鍋先生からのクイズ②
一番大きな恐竜はどのくらいだったと思いますか? ア.20メートル、イ.40メートル、ウ.80メートルの3択です。
現在、展示されている全身骨格が組み立てられた恐竜で一番大きなものは、おそらくアメリカ自然史博物館に展示されているアルゼンチンのパタゴティタンです。この恐竜は「パタゴニア地方の巨体」という意味で、全長は37メートルにも及びます。そのため、首は展示室の外にまで突き出ている状態で展示されています。
従って、正解は「イ. 40メートル」です。
みなさんからの質問①
「なぜ恐竜は大きくなったの? 大きくなる前はどのくらいの大きさだったの?」(小5)
ライオンの胃~腸~肛門までの長さは約7メートルです。その画像は国立科学博物館の「かはくVR」というWEBページでもご覧いただけます。※ 一方、牛の胃~肛門までの長さは約40メートルにも及びます。肉食動物の消化は短い腸で十分ですが、草食動物は植物繊維が硬くて消化しづらいため、腸を長くする必要があります。そのため、草食恐竜は胴体、そして体全体が大きくなり、それを捕食するために肉食恐竜も大きくなるという進化の流れがあったと考えられています。
※ライオンと牛の胃~腸~肛門の展示は、かはくVRの地球館 1階 Floorplan View(平面図)の中央上側(ジャイアントパンダの近く) 足元番号125番の前にあります。
恐竜博2023では、アルゼンチンの大型恐竜であるプエルタサウルスが展示されました。推定全長は35メートルと言われていますが、現時点ではまだ全身骨格の復元は完了していません。展示室のスペースの制約から、大きな恐竜の書き割りを展示しましたが、その長さは約15メートル程度です。しかし、実際のサイズは倍くらいなのではと思います。
同じアルゼンチンにエオラプトルという恐竜がいます。エオラプトルは二足歩行で、身長は約1~1.5メートルほどでした。最初の恐竜はみんな二足歩行で肉食だったのですが、逃げたり戦かったりする必要がない植物が豊富にあったので、一部の恐竜は植物を食べるようになりました。その結果、消化に時間がかかるため、胃と腸を長くして胴体を大きくする必要がありました。徐々に体が大きくなっていったのではないかと考えられています。
真鍋先生からのクイズ③
一番小さい恐竜はどのくらいでしょう? ア.1メートル、イ.40センチメートル、ウ.6センチメートルの3択です。
おとなになった最大の大きさで、一番小さい恐竜はどのくらいでしょう? この答えは「とりになったきょうりゅうのはなし」(大島 英太郎 文・絵)という絵本を読むとわかります。小学校3年生の教科書にも載っています。
恐竜は爬虫類に分類されます。そして、全ての恐竜が鳥に進化したわけではありません。小型の肉食恐竜が羽毛を持ち、翼を発達させたものが始祖鳥などを経て鳥に進化していきました。現在のハト、カラス、ニワトリ、ペンギンなど鳥類であれば恐竜にも分類されます。鳥はみんな恐竜から進化しました。
一番短いおとなの恐竜の大きさは?のクイズは「イ.40㎝」「ウ.6cm」の両方を正解とすることにします。40cmの恐竜は、アンキオルニスのような4枚の小さな羽毛を持つ恐竜です。また、6cmの一番小さな鳥、例えばマメハチドリのような鳥も恐竜の仲間であり、正解となります。
みなさんからの質問②
「以前は爬虫類が恐竜に近いと言われていたと思いますが、最近は鳥類に近いと言われるようになったのはどんな理由からですか?」(小3、小5)
恐竜の一部が鳥に進化した可能性は、ジョン・H・オストロム先生という方の研究によって明らかになりました。オストロム先生はデイノニクスという小型の肉食恐竜を研究していた際に、その骨格が現代の鳥類に似ていることに気づきました。1960年代のことです。
デイノニクスの手首の骨が楕円形であり、始祖鳥や現代の鳥の骨格とそっくりだと気が付きました。オストロム先生は、この手首の機能までは説明することは出来ませんでした。飛ぶ際に羽を広げますが、着陸時には翼を畳みます。その際、手首を曲げて翼を畳む動作を行います。その後の化石の発見で、デイノニクスのような恐竜の段階ですでに翼を持ち、手首を折り曲げることで翼を畳んでいた可能性が出て来ました。このような手首の特徴などから、恐竜と鳥の一部がつながっていることが分かってきました。
真鍋先生からのクイズ④
「とりになったきょうりゅうのはなし」に登場する恐竜、シノサウロプテリクスの描かれ方は、古い絵本と新しい絵本では異なっています。どこが違うか分かりますか?
恐竜の実際の色については、以前は分からないと考えられていました。博物館で見る化石の骨の色は、一般的に茶色や黒などです。本来、骨は白いはずですよね。では、なぜ化石の骨格が黒や茶色に見えるのでしょうか?それは、死後に地層に埋まっている間にさまざまな成分が染み込んで、骨が黒や茶色に変色するためです。そのため、羽毛や皮膚が発見されても、一般的には茶色や黒に見えることが多いのです。したがって、恐竜の実際の色は分からないとされていました。
しかし羽毛恐竜の化石の表面にメラノソームという粒状の組織が残っている化石が発見されるようになりました。現代の鳥類のメラノソームと体色の関連性を調べることで、化石でも体表の色が推定できるようになりました。
アンキオルニスという羽毛恐竜の化石があります。この化石からはメラノソームの形が、あるところではミートボール型の短い粒々、またあるところではソーセージ型の長い粒々として見られました。メラノソームの形が長い粒々のところは黒く、短い粒々のところは赤だったということが分かりました。これらにより、アンキオルニスの全身はほぼ黒ですが、翼に白い模様があって、頭のてっぺんが赤かったことが分かり、2011年、初めて全身の色が分かった恐竜になりました。
アカゲラという鳥がいます。この鳥の頭のてっぺんの羽毛が赤いのはおとなのオスだけです。先ほどのメラノソームの研究が正しいとすると、頭部が赤いアンキオルニスはおとなのオスである可能性が高いのでは?と考えられるのも興味深いところです。
みなさんからの質問③
「ティラノサウルスの脳はどのくらいの大きさ?」(中2、小4)
ティラノサウルスの脳そのものは残っていませんが、頭の骨の化石は残っています。骨の化石の中に脳の入っていた空洞があり、CTスキャンなどを使って脳の形を推測できます。神経やバランスを司る三半規管の位置や形なども分かっています。
ティラノサウルスは8~9トン、全長13メートルの大きな恐竜ですが、脳の重さは1キログラムくらいだったのではないかと言われています。人間の脳は一般的に1.3~1.4キロと言われているので、体重から考えると人間の方がずっと大きな脳を持っています。
今の爬虫類(ワニ)と鳥類(ハト)の脳とを比較していくと、ハトの方が体に対して大きい脳を持っています。さらに、脳の形も全く違います。爬虫類は前後に細長い形をしていて、前の方に伸びているのは、嗅覚がとても発達しているということを表しています。逆に視覚はあまり発達していません。それに比べて、鳥類の嗅覚はあまり発達していませんが、視覚がとても発達しています。これらのことから爬虫類から鳥類に進化する中で、メインのセンサーが嗅覚から視覚に変わっていったことが分かります。始祖鳥の脳を見ると嗅覚が短く、視覚が大きくなり始めています。それと比較するとティラノサウルスの脳は、かなり小さい上に、前後に長い形をしているので、嗅覚の発達した爬虫類の脳に近いことが分かります。
みなさんからの質問④
「恐竜の体重はどうやって測るの?」(小4、5歳)
これにはいろんな方法があります。1つが、肩からひじまでの上腕骨、腰のところからひざまでの大腿骨、これらの骨の一番細いところの周囲を測る方法です。二足歩行なら大腿骨の一番細いところの周囲、四足歩行なら大腿骨と上腕骨の一番細いところの周囲を測ります。計算式にその数値を当てはめると、大体の体重が推定されます。四足歩行の場合は前足と後ろ足の4本で体を支えます。太ければ太いほど、大きな体を支えることができます。柱の太さによって支えられる体重を割り出しています。計算式はとても複雑で、毎年のように少しずつ改訂されています。
トリケラトプスは大腿骨と上腕骨の一番細いところの周囲長を計算式に入れると、大体6トンくらい。ティラノサウルスの場合は太ももの細いところの周囲長を計算式に入れると8.9トンくらい。そのように推定されます。
みなさんからの質問⑤
「大きな恐竜のいた時代は気温が高かったみたいですが、温暖化で地球の温度がどんどん上がっていくと、生き物は恐竜のように大きくなってしまうのでしょうか?」(小4)
哺乳類や鳥類はあそこまで大きくならなかったと思います。爬虫類と哺乳類の一番違うところは、哺乳類はおとなになると身長が伸びないことです。成長期が終わると成長が止まります。それは「余計な成長をしない」ということです。恐竜の多くや爬虫類の場合は健康で長生きをすれば、どんどん大きくなっていきます。それに対して哺乳類や鳥類は、おとなになるとそれ以上は大きくなりません。余計な成長をしない方が省エネになります。ですので、環境が変わっても中生代の恐竜のように哺乳類や鳥類が大きくなることはないと思います。
さて「とりになったきょうりゅうのはなし」ですが、鳥にならなかった恐竜の一例として「鎧竜(よろいりゅう)」が描かれています。恐竜博2023ではトゲトゲのある鎧竜を特集しました。ズール・クルリバスタトルは、今から約7600万年前の白亜紀後期のアメリカ・モンタナ州にいた全長約6メートルの恐竜です。目の後ろにあるとげのような突起が特徴で、ズールという名前が付けられました。驚くことに、頭~首~胴体がつながって発見されました。恐竜博2023では発掘現場のように展示しました。
ズールの尻尾の先には大きなこん棒が付いていて、まっすぐな背骨が通っています。そこには腱という1メートル程度の鉛筆くらいの細さの筋肉組織が何十本もあります。尻尾を振り回すと、こん棒が揺れて尻尾がよじれて骨が折れてしまいそうですが、そうならないよう発達した腱が守ってくれます。
このズールの全身骨格を、ティラノサウルス類のゴルゴサウルスと一緒に展示しました。ゴルゴサウルスが攻撃してきたところを、尻尾のこん棒を振り回して撃退しようとしているシーンを再現しました。尻尾の先のこん棒を振り回しますが、束になった腱に守られているので、こん棒から1メートルくらいの範囲はあまりしならず、尻尾の付け根の部分で大きく動かしています。
みなさんからの質問⑥
「鎧竜の骨は他の恐竜と比べて骨が硬いのかと思われますが、その骨を作るための食料は何だったのか特定されているのでしょうか?」(中2、小5)
鎧竜はジュラ紀ではなく、白亜紀に繫栄しました。白亜紀になって、被子植物という花や実を付ける植物が進化しました。そして、被子植物であるイネ科の植物の草原ができました。イネ科の植物はカルシウムやリンという骨を作る成分がたくさん入っています。白亜紀に入りイネ科の植物が進化したことが、鎧竜の硬い骨を作ることにもつながったのではと言われています。
ミクロラプトルは、前足に翼のある恐竜です。まだ前足の羽ばたきが弱く、後ろ足にも翼があって4枚の羽根を使って滑空していました。やがて羽ばたく能力が高くなってくると後ろ足の翼が要らなくなり、今の鳥のような前足の翼だけが残ったのではないかと考えられています。
香港の大学が、化石にレーザー光線を当てて見える色や模様を写真に撮ると、肉眼では見えない特徴が見えることを発見しました。ミクロラプトルの足のかぎ爪にレーザー光線を当てて写真を撮ると、肉球が見えます。小さなウロコがあったのも見えます。腐ってなくなってしまったと思われていた肉球や足の裏のウロコも残っていたのが分かりました。今まではクリーニングといって、見えている部分の骨だけ残して削り取っていました。もしかしたら重要な部分を捨ててしまっていたかもしれません。今後は一度レーザー光線を当てて写真を撮って、柔らかい組織が残っていないか確認してからクリーニングをすることが、新たな常識になって行くことになると思います。
7600万年前に北アメリカに存在したゴルゴサウルスは、ズールという鎧竜に対抗していました。ゴルゴサウルスはティラノサウルス類に属し、全長9メートル、頭骨の長さは約1メートルほどでした。6600万年前になると、ティラノサウルス・レックス(以下Tレックス)が進化してきます。Tレックスの頭の長さは1メートル50センチとなり、ゴルゴサウルスの1.5倍になります。体の全長も13メートルと大きくなります。目の穴も変化し、ゴルゴサウルスの時には正面から見ても目立たなかったのに対して、Tレックスは目の穴がしっかり見えるようになります。 Tレックスになると後頭部の横幅が広がり、脳が大きくなり、噛む力も強くなり、目が前を向くようになります。これにより、左右の目で同じ対象を見ることができ、立体視が可能になります。その結果、獲物までの距離を正確に判断することができるようになります。頭の形状からもこのような特徴がうかがえます。
今回の恐竜博2023ではTレックスを2体展示しました。そのうちの1体「スコッティ」は、Tレックス「スー」と並ぶ世界最大級のTレックスで、全長13メートル、体重8.9トンくらいあるといわれています。もう1体の「タイソン」は、発見後の組み立てがようやく完成し、世界初公開となりました。実物化石も使って組み立てています。
タイソンの上腕骨には噛まれた跡があります。この噛み跡は、タイソンよりも小さなティラノサウルス類が下から噛みついてできたものと思われます。さらに、噛みつかれたふちが盛り上がっていて骨が再生されたことがうかがえます。つまり、生きているうちに噛みつかれたということです。こんな大きなTレックスが別のティラノサウルス類に噛みつかれる、そんな暮らしをしなければならなかったのかという当時の厳しい競争の一面が想像されます。
余談になりますが、「スコッティ」は発見された時にスコッチウイスキーでお祝いしたことから名づけられました。「タイソン」は、ちょっと強そうな名前をということらしいです。どちらもオスの名前のようですが、実際に性別は分かっていません。Tレックスはメスの方が大きかったともいわれているので、もしかしたらどちらもメスかもしれません。
真鍋先生からのクイズ⑤
ティラノサウルスがいたころ、南半球最強の恐竜は?
ア.スピノサウルス、イ.カルカロドントサウルス、ウ.マイプ
「ウ.マイプ」が正解です。
今から6600万年前、日本はアジアと大陸続きでした。アジア、ユーラシア、ヨーロッパは互いにつながっていますが、ヨーロッパは大きな海に囲まれており、多くの島が存在していました。北アメリカと南アメリカはつながっていませんでした。アフリカは一つの大陸で、インドとマダガスカルは海に浮かんでいました。南アメリカは南極大陸とオーストラリアとつながっていました。
北半球にTレックスのいた時代に、南半球にはどんな恐竜がいたかを調べるため、私たちは2020年3月にアルゼンチンに調査に行きました。アルゼンチン南部・パタゴニア地方の崖のどこかに、6600万年前の中生代と新生代の境目があるという予測のもと、中生代部分の恐竜を調べました。そこにはメガラプトル類がいた可能性が考えられました。「メガ」は大きい、「ラプトル」は狩人という意味で、名前の由来は彼らの持つ手の大きなかぎ爪です。Tレックスのような恐竜は手が小さく、物をつかむためにはあまり使われていなかったと考えられていますが、メガラプトル類は物をつかむのに適した大きな手をしています。
南半球でメガラプトル類が繁栄していたらしいことは以前から知られていました。今回、私たちが発見した背骨の化石を調べてみると、中がスカスカしているのが分かりました。これはメガラプトル類の特徴の一つです。メガラプトル類の骨は、見た目のがっしり感とは対照的に内部が空洞化しているのです。もしかしたら体重を軽くする効果があるのかもしれません。
これまで知られているメガラプトル類は全長が最大でも約7メートル程度です。今回の調査で背骨や肋骨(副肋骨)が発見されたマイプは、非常にがっしりとした体つきをしています。骨のサイズも非常に大きいです。このことから、とても大きなメガラプトル類が存在した可能性が考えられます。寒冷地での遭難が多い現地の「マイプ(遭難させる悪魔)」と称される伝説に由来して、マイプという学名が命名されました。頭や手はまだ見つかっていませんが、来年再び発掘調査に行き、他の部分も発見して全身骨格を復元していきたいと思います。
メガラプトル類は南半球の恐竜というイメージですが、福井のフクイラプトルもメガラプトル類です。北半球では絶滅して南半球で生き残り、最後にマイプに進化したのではと考えられています。カルカロドントサウルス類ではギガノトサウルスが有名です。大体1億年から8000万年前くらいの間に絶滅してしまったといわれています。スピノサウルスも大体1億年くらい前に絶滅したといわれています。南アメリカで最後まで残っていた大型獣脚類がメガラプトル類だったようです。
6600万年前の地球環境の変化と恐竜絶滅から現代と近未来を考える
6600万年前に小天体※(隕石)が落ちたことで地球環境はガラッと変わってしまいました。ティラノサウルスやトリケラトプスのような大きな恐竜がいた6600万年前のある日、カリブ海に大きな隕石が衝突します。隕石が粉々に壊れ、地球の表面にクレーターができ、巻き上げられたチリと水蒸気が大気圏に層を作って太陽光線を遮りました。陸は28℃、海は11℃ほども温度が下がってしまいました。約2年間、植物は光合成できずあまり育ちません。すると、大量の食料が必要な体の大きい生物は飢え死にしました。体の小さい生物は、少ない食料で生き残ることができました。ワニやカメなどの変温動物も、活動量が少なく食べる量が少ないので生き残れました。
※地上に落ちるまでは「小天体」といい、落ちたあとは「隕石」といいます。ここでは「隕石」に統一して説明しています。
みなさんからの質問⑦
「恐竜の絶滅の原因として、隕石ではなかったという話を聞いたことがありますが、そういう説は本当ですか?」(小4)
インドのデカン高原を作った火山活動や、別の隕石の可能性がありましたが、今では6600万年前のユカタン半島の隕石が最有力だといわれています。ちなみに、隕石が衝突した季節が恐らく5月~6月の夏に入る前の季節で、本当だったら温かくなる時期に寒くなったので、それも運が悪かったといわれています。
ハドロサウルス類以外の恐竜は7600万年前からすでに減少していたということも分かっています。7600万年前~6600万年前の最後の1000万年間で、どのような変化があったのかも知る必要があるとして注目されています。
「恐竜の研究の、どこが人間の役に立つのでしょうか?」
これはよく聞かれる質問なので、「恐竜学(真鍋真 著/学研プラス/2020)」という本の中で紹介しました。現代は人間の存在によって、周囲の生物が数多く絶滅してしまっています。これはゆっくりと少しずつ起こるので、一人一人の人間はそれに気が付かずにいます。しかし、現代の脊椎動物は、約6600万年前の大量絶滅のときよりも絶滅率が高いと考えられています。6600万年前の地球環境の変化と恐竜絶滅のことを知らなかったら、現代の深刻な状況にも私たちは気が付かなかったかもしれません。
現在、動植物の25%の種が絶滅の危機にあります。約100万種の動植物が数十年のうちに絶滅すると警告されています。この絶滅のペースは過去1000万年の平均より10~100倍速いです。人間は増え、さまざまな事象を変えてしまいます。その影響を受ける動植物がたくさんいて、現代は第6回目の大量絶滅が起こりつつあると言われています。隕石が落ちてガラッと変わるわけではなく、なんとなく少しずつ変わってきています。しかし恐竜のことを知っていれば、6600万年前の第5回目の大量絶滅よりも深刻なことが起こっていると理解することができます。
みなさんからの質問⑧
「小天体衝突(隕石)がなければ、恐竜は生き延びることができたのでしょうか。また生き延びられたとして、私たち人間は存在し得るのでしょうか」(小4)
小天体衝突(隕石)がなければ恐竜は生き延びられたと思います。恐竜たちが食物連鎖の頂点であることは間違いないと思います。哺乳類は進化の余地がなく、ネズミのように小さなままだったかもしれません。人間の出番もなかったかもしれません。
ドードーという鳥を恐竜博2023で展示しました。まだ化石になっていない17世紀に絶滅したといわれるハトの仲間です。インド洋に浮かぶモーリシャス島へ、その先祖のハトたちは飛んで渡りました。モーリシャス島には天敵がいなかったので、ハトは飛ぶのをやめました。1598年に珍しい鳥として人間が記録を残しています。
現代の「人新世」では、ヒト以外の生物が数多く絶滅し続けています。第6の大量絶滅に突入していると考えられています。モーリシャスにいたドードーも、遠洋航海の中継地として使うようになった人間や、人間が連れてきた動物が絶滅させてしまったといわれています。もしドードーがモーリシャス島だけにいる珍しい種であることを知っていたら、人間がドードーを絶滅させることはなかったかもしれません。約6600万年前の第5の大量絶滅を知る私たちは、第6の大量絶滅に無関心ではいられないはずです。
スミソニアン国立自然史博物館 カーク R. ジョンソン館長の言葉がとても好きなので、引用させていただきます。
「化石はこの地球の記憶である。地球は化石で岩石に自叙伝を綴っているのだ」
地層の中から化石が見つかることによって、私たちは過去の世界の存在を確認することができます。あたかも地球が自分の歴史を綴っているようです。それを読み解いて、こんな生物がいた、こんな進化があったと知ることができます。未来の100万年、1000万年後に、人類が存続しているかは分かりませんが、知的生命体が地層を読み解いて、人類がどれほど愚かで環境に無関心だったかと、言われないようにしないといけないと思います。
真鍋先生からのクイズ⑥
学名のついている恐竜は? ア.1,000種、イ.10,000種、ウ.100,000種の3択です。
鳥を除いた学名のついている恐竜は、今何種類いるでしょうか。答えは1,300種類ほどです。「ア.1,000種」が正解です。
現在、哺乳類だけで6,000種類います。鳥は10,000種類。そう考えると、三畳紀、ジュラ紀、白亜紀と約1億8000万年間繫栄した恐竜が、千、一万、十万種ではないですね。何十万種といたはずです。自分が恐竜学者になった時にやることは残っているでしょうか?というのは余計な心配ですね。われわれ恐竜学者が知っていることは、本当に氷山の一角です。
みなさんからの質問⑨
「恐竜学者になるのが夢です。大学ではどの学部を専攻するのでしょうか?」(小4)
理学部、獣医学部などがおすすめです。解剖学が一番勉強できるのは獣医学部です。アメリカでは獣医学部で教えている恐竜学者の先生が多くいらっしゃいます。日本でもこれから勉強する人は獣医学部で学んで、それから化石の勉強をするのもおすすめです。獣医学部は獣医師免許も取れます。医学部よりは難しくないかも? と思うかもしれませんが、医学部より数が少ないので案外難しかったりしますよ。
恐竜博2023の最後のエリアでカワセミの巣を展示しました。急にカワセミが登場するので補足します。
カワセミは空を飛びますが、地面の中に穴を掘って産卵し、子育てをします。「子育て恐竜」として知られるマイアサウラのような恐竜が暮らしていた地面の下には、小さな哺乳類が穴を掘って社会性を持って暮らしていたということが2020年に発表されました。そのことから、鳥も地面の中に巣をつくるものは絶滅率が低かったのではないかと考え、文献を調べましたが見つかりませんでした。もしかしたらいないのかもしれないですが、カワセミのような地面に穴を掘って巣作りをする鳥の特徴を明らかにすることが、新たな地中に巣を作る鳥類化石の発見につながるのではと思います。
「カワセミは絶滅危惧種ですか?」という質問もよく受けます。カワセミはまだ絶滅危惧種ではありませんが、絶滅危惧種になったときは遅すぎるのです。人間の周りの生物がこれだけ減っているのですから、絶滅危惧種に対して特に注意を払うのは当然ですが、これ以上絶滅を増やさないようにする試みが必要です。
恐竜博2023では、スキピオニクスという化石が初来日しました。24センチの小さな化石です。孵化して数週間くらいの小さな赤ちゃんだったのではないかと考えられています。骨など硬いところだけでなく、内臓まできれいに残った珍しい化石です。よく見ると、腸の中にトカゲの足が残っていて、トカゲを食べていたことが分かります。イタリアのミイラ化石といわれるとても有名な化石で、恐竜博2023(東京開催)で初めてイタリアから国外に出ました。
それでは私からのお話はこのくらいにして、ここからは会場の皆さんからの質問に答えたいと思います。
質疑応答
Q.どうして恐竜は死んだときにデスポーズをするのですか?
A. デスポーズとは、首を後ろに反らせ、頭を上に向けてのけぞったようなポーズのことです。このポーズは恐竜だけでなく、死んだ脊椎動物の化石にもよく見られます。このようなポーズが多いためデスポーズと呼んでいます。理由としては、死後に水分が抜けて体が干物のように縮こまり、特に長い首部分は収縮してデスポーズになると言われていました。
しかしもう一つの理由として、死後に神経系の働きが停止し、神経が収縮することで体がデスポーズを取るという説があります。脳から体の背中側に多くの神経が走っているため、神経の収縮によってこのような姿勢が生じると考えられています。
化石は死んで体が腐敗し、水中に埋められると化石になる確率が高くなります。このような乾燥していない状態の化石でもデスポーズは見られます。したがって、神経系の収縮という説が、この現象を説明する際に最も適切であるとされています。
Q.完全な骨格が見つかっている恐竜は今何種類くらいありますか?
A.確実に数えられたことはないですが、おそらく骨格が100%見つかっている恐竜はほとんどありません。やはり、小型恐竜の方が完全度は高いです。スキピオニクスなど、小さいものはバラバラにならず残っていることがあります。体が大きくなると欠損している場合が多いです。鎧竜はその硬い鎧のために化石に残りやすいのではと思われますが、たくさん発見されているアンキロサウルスも一体分まるごとは見つかっていないようです。
恐竜博2023では、一体分見つかっているズールをお手本にして鎧竜を特集しました。このズールは、実は発掘現場ではお腹を上にして寝ていました。ゴルゴサウルスの発掘をしていた際に、頭の先の場所に骨を見つけて掘り始めたらズールでした。鎧竜の全身骨格は珍しいため、ズールも併せて掘り出しました。
鎧部分のトゲトゲは硬くて残りやすいですが、平らな部分は粒々のウロコがある皮膚です。このズールは珍しく皮膚まできれいに残っていてトゲと皮膚の凸凹が分かりました。それでも手足は化石になる前に欠損していて残っていません。完璧な化石になるのは、それほど難しいのだと思います。
ほぼ全身がきれいに残っている化石では、始祖鳥、ミクロラプトルなどが有名です。小さな羽毛恐竜は全身が残りやすいですが、ほかの恐竜は全身が100%分かっているものはほとんどないのではないかと思います。
Q.恐竜の聴覚や視覚は分かりますか?
A.はい。脳から推測ができます。実際にどのくらい見えていたかははっきりしないですが、嗅覚・聴覚・視覚などは脳の形や各部の大きさから推定することが出来ます。鳥に近くなってくると視覚が発達します。1.5や2.0といった、いわゆる数値的な視力は化石からは分かりません。
Q.スピノサウルスの背中の「ひれ」の役割はなんですか?
A. スピノサウルスの「ひれ」の具体的な機能はまだ分かっていません。スピノサウルスが水中を泳ぐ際に、体を左右にバランスをとる役割を果たしていた可能性などが考えられています。しかし、スピノサウルスの仲間には必ずしも背びれが存在するわけではありません。
スピノサウルスは骨が重く水に沈むことができたため、水中で長い時間過ごしていたという考えもあります。しかし、実際にシミュレーションしてみると、肺に空気が入っているため体は浮いてしまうようです。そのため、水中で過ごす時間が長かったという説を疑う考えも出てきました。
現在、水中にいたかどうかをめぐって、意見が分かれ決着がついていません。スピノサウルスの化石がもっと見つかれば、背びれの役割も分かってくるのではないかと思います。
Q.カルノタウルスはどのくらい強いですか?
A.カルノタウルスは南半球にいた獣脚類です。頭頂部に牛の角のような突起があり、牡牛に似ているのでカルノタウルスという名前がつきました。手が短いのが特徴です。恐竜博2023でも展示されました。
ティラノサウルスも体に対して手がとても小さく、何に使っていたのかよく議論されます。私は立ち上がるときに使っていたのではないかと考えています。しゃがんで寝ると重い頭が前に傾き、前足を使わないと素早く立ち上がれなかったのではないかと思います。
ティラノサウルスは、頭を大きくする代わりに手を短くしたのでしょう。指も3本から2本に減っています。そういう考え方でカルノタウルスを見てみると、手はとても短いですが、頭はそれほど大きくなっていません。ティラノサウルスと同じパターンが当てはまらず、実はそんなに簡単なことではないと分かります。
こういったことがあるため、ティラノサウルスだけで全部を説明してはいけないと考えるようになりました。昨年12月、恐竜博の図録を作るために色々論文を調べているときに、カルノタウルスは手がとても短いのに、指は4本あることに気が付きました。本当なら、手が小さいので指を増やせない状態のはずです。指の本数が減るのが自然で、5本指が4本指になって残っていることに驚きました。しかもある論文には、手が開いた状態で描かれていました。何に使っていたのか気になり、アルゼンチンのフェルナンド・ノヴァス先生にたずねると、衝撃のメールが返ってきました。「手の部分はクリーニングをしていない状態で、手の一部だけ見えているけど、4本指が正しいかどうか自分も分からない」と。
さっそくクリーニングを提案すると、今年1月にクリーニングをしてくださいました。結果、4本指は間違いありませんでしたが、開いてはいませんでした。カルノタウルスはすぼまった4本指を持っていて、それを何に使っていたかはまだ分かっていないのが現状です。
※時間の関係で講演はここまでとなりました。終了後、その他の質問にも個別にお答えいただきました。
参加者の声
小学4年生の女の子・保護者(母)
「学校で配布されたチラシでイベントを知り、参加しました。鳥が好きで、恐竜とのつながりが気になっています。もし絶滅しなかったら生態系はどうなっていたのかも知りたいです」
小学5年生の男の子・保護者(父)
「恐竜が好きで参加しました。色の違いの発見など、最新の研究の情報が知れたのが面白かったです」
小学6年生の女の子・保護者(母)
「生き物全般が好きですが、恐竜のユニークな見た目に惹かれます。恐竜博2023も親子で行って楽しみました。好きな恐竜の名前が出てきてワクワクしました」