ねりまのエコ語り
練馬区地球温暖化対策地域協議会 会長
1943年横浜生まれ、練馬区在住。1977年武蔵大学経済学部に勤務、教授、学長などを歴任。2013年から武蔵大学名誉教授。前練馬区環境審議会会長。専門分野はエネルギー・環境経済学。環境への心がけは、できるだけ歩くこと。「コロナ禍で出歩かなかったので、これから歩く量を増やします!」。
日本の第3の歴史の区切りと地球温暖化
最近の世界や国内の動向で注目していることはありますか。
歴史的に見ても、日本は大きな変わり目にあります。日本の歴史を明治維新からみると、「77年」が一つの区切りと言えそうです。1868年の明治維新から1945年の終戦までが77年、戦後の77年目が2022年。ここからさらに77年先は2099年です。
世界的に取り組んでいる地球温暖化対策の目標は、パリ協定に基づく「今世紀末までに世界の平均気温の上昇を産業革命以前に比べて1.5度に抑える」というものです。奇しくも、地球温暖化対策の長期目標は、日本の歴史の第3の区切りと同じタイムスパンなのです。
「1.5度」目標は達成が危ぶまれているようですが。
気候変動の予測には大きな不確実性があります。一つは、CO2(二酸化炭素)などが気温上昇に及ぼす効果であり、いま一つは、気温上昇が経済活動にどれだけ損害や損失をもたらすかをめぐる不確実性です。それについては気象学者や経済学者も正確な数字は出せません。
大事なことは、不確実性があるときにどれだけの備えをするか。保険と同じ考えです。まじめにやらないとひどい目に合うというのは本当です。では100の生活を我慢して95にするのか。そんな議論になると必ずもめるのです。
世界平均気温の変化予測
(出典)全国地球温暖化防止活動推進センターウェブサイトより
昨年(2023年)開催されたCOP28(国連機構変動枠組条約第28回締約国会議)の感想は。
会議がもめている間はまだ良いのです。急激にひどいことになったら、もめる余裕はなく、何とかしなければなりません。その何とかするためにどんな手段があるか、できるだけ用意しておくことが大切です。
温暖化の主な原因は大気中のCO2の増加ですが、人の活動に伴うCO2はその半分程度が海洋や陸上植物に吸収され、あとの半分は大気中に100年以上残り蓄積します。今、CO2の排出量を減らす、吸収してカーボンニュートラルを目指すという努力をしています。しかし、努力してCO2の排出量実質ゼロを達成し、さらにマイナスになったとしても、削減した分よりも、大気中に蓄積されてきたCO2の量の方がはるかに大きいと言えます。必要であれば蓄積したCO2を人工的に回収して減らすという手段も用意しておかなければなりません。
カーボンニュートラル(温室効果ガス排出量実質ゼロ)実現のために
CO2を人工的に回収して減らすという技術開発は進んでいるのですか。
技術開発は世界的に進んでいます。日本では、苫小牧の臨海地とその沖合で、CO2を回収して海底に埋めるという技術の実証実験が行われています。「海中に埋めたCO2が漏れ出さないか」といった懸念もありますが、極端に大きなリスクはないとも言われています。こうした可能性のある技術や仕組みを国民のコンセンサスを得て、どれだけ進められるかが重要になってきます。
COP28で、日本政府はブルーカーボンを増やす取り組みをアピールしたそうですね。
私が生まれた横浜は、「ブルーライトヨコハマ」と歌われるくらいブルー好き(笑)。横浜では、かなり前からCO2を吸収する藻などの海洋植物を植えたり育てたりする「ブルーカーボン」の取り組みをしています。練馬では生活に身近な「みどり」を増やす「グリーンカーボン」の取り組みをしています。
大気中のCO2の半分以上は、海洋で、あるいは植物が成長のために光合成をしながら吸収しています。これを自然の「シンク(吸収源)」と呼んでいます。2050年のカーボンニュートラル実現のため、苫小牧などで取り組んでいる人工シンクと併せて、自然のシンクを大きくしていくことにも目を向ける必要があります。
先日、小学校の校長先生から、学校に植えた樹木のCO2の吸収量を子どもたちと計測しているという話を伺いました。みどりはCO2を吸収している吸収源の一つである、という見方も大事です。
練馬らしい対策はほかにありますか。
練馬区にある農地(生産緑地)は、シンクのひとつです。CO2をどれだけ土壌(農地)にとどめておくことができるかは、ひとえに土壌をどれだけきちんと管理できるかにかかっています。CO2の吸収量を土壌管理の新たな指標にするのも良いでしょう。農地をシンクとして応援できれば、23区で農地面積が最も広い練馬らしいCO2の削減対策になると思います。区民にも都民にも、ひいては世界にも通用する価値があります。キャッチフレーズは、横浜のブルーカーボンならぬ、「エコのまち」練馬の「グリーンカーボン」などはどうでしょうか。
地球温暖化対策について知見を語る横倉会長
区民に役立つ情報を発信
環境審議会の会長を8期まで務められました。成果は。
最後に私が関わったのは、練馬区が環境施策を展開するための「練馬区環境基本計画2023」です。これまで別の計画として位置付けていた地域のエネルギービジョンを環境基本計画の中に位置付けたところが今回のポイントの一つです。地球温暖化対策の一番大きな柱は、どんなエネルギーをどんな形で、どれだけ使うかというエネルギー問題です。地球温暖化対策の観点から地域のエネルギーを位置付けたことは正解だと思っています。
「CO2削減量の数値化・見える化」が大切とよくいわれますが。
練馬区は2006年度から、区民に呼びかけて「エコライフチェック」を毎年実施しています。例えば、「お風呂に入るときは、シャワーは出したままにせず、こまめに止める」というエコな行動をとると、いつもの日と比べて1日で減らせるCO2は「85g」と、CO2の削減にどのくらいの効果があったかを具体的な数字で確認できます。
練馬区発行の令和5年度エコライフチェックシート(小中学生用)(PDF)※提出期間は終了
(出典)令和5年度エコライフチェック(練馬区)
ただし、家庭起源のCO2の排出量について数値化できているのはエネルギーの消費に伴う排出(直接排出)分で、全体のおよそ3分の1にとどまり、3分の2は家庭が消費するモノやサービスの生産に伴う排出(間接排出)分で、この分についてはデータが十分ではないのが現状です。
Think Globally、 Act Locally…これは環境問題でよく使う言葉で、世界に思いを巡らし、自分のところで努力をしなければいけないという意味です。我々の行動の一つひとつが100年、200年先の地球に影響を与えることは、はっきりしています。商品やサービスを選択するとき、CO2の排出量が把握できるよう、作られてから捨てられるまでに出すCO2の総量を示す「カーボンフットプリント」の取り組みが提案されています。カーボンフットプリントは「炭素の足跡」という意味です。これを、私たちが参考にできるように表示されているものもありますが、残念ながらまだ多くはありません。
カーボンフットプリント(CFP)マーク
(出典)CFPプログラム
ねり☆エコの会長として発足から10年余の活動を通じて、これからのねり☆エコの活動のあり方など思うことはありますか。
「ねり☆エコ」の役割の一つは、行政と事業者、区民をつなげていくことです。地球温暖化の問題については、これからもっと新しい知見や対策の動きが出てくるでしょう。区民が選択する上で役立つ様々な情報を提供していくことが、ねり☆エコ活動の大きな柱になります。
行政と事業者、区民をつなぐイベントのひとつ、ねり☆エコ主催の「夏休み!ねりま環境まなびフェスタ」の様子(2023年7月)
また、人工的にCO2のシンクを作るような新しい技術や、炭素税や排出権取引などの仕組みについて国が政策決定する上で、一人ひとりがどう考えるか問われる機会が今後増えていくでしょう。それくらい新しい試みが行われないと、2050年のカーボンニュートラルだったり、今世紀末の「1.5度」の目標値だったりは達成できません。新しい技術や仕組みを区民が正しく理解できるように、正確な情報をできる限り提供していくことが、とりわけ重要になります。
会長ご自身の「エコライフ」の取り組みは。
牛肉を100g食べると、その20倍、2kgのCO2が出るそうです。これは、牛の飼育、加工や販売、運搬などの各段階で、大豆たんぱくなどに比べ、たくさんのエネルギーを消費し、CO2を多く出しているからです。我が家では、牛肉は値段が高いし、CO2をたくさん出すので出来るだけ控えて、肉よりも野菜を食べるように心がけています。「環境」にも我が家の「経済」にもやさしい「エコライフスタイル」を目指しているところですが、しばしば誘惑に敗けてしまって「反省」しています。
温暖化の行き着く先をどう見ていますか。
1943年生まれですから、今世紀末の結果を見届けられずに終わるかなと思っています(笑)。我々の生活は、自然との微妙なバランスの上に成り立っています。CO2排出削減の努力だけでは不十分なのは明らかです。人工的なシンクを強化するようなことまで、考えられるあらゆる準備をしておくべきです。
(取材日:令和5年12月13日)